「水をぶどう酒に」 09.07.01
ヨハネ福音書 2:1〜12
カナという町での出来事です。結婚の祝宴があり、主イエスも
そこに参加しておられました。ところが婚宴に必要なぶどう酒が
足りなくなりました。相談を受けた主イエスは、召し使いたちに、
水がめに水を満たしてその水を婚宴の世話役に届けるようにと
おっしゃいました。召し使いはその通りにします。すると、
召し使いが運んだ水は良いぶどう酒になっており、世話役は
とても喜びました。これが主イエスのなさった最初の奇跡で
ありました。
人生の新しい出発である結婚の際の出来事です。教会で
結婚をするということは、水をぶどう酒に変えて不足を満たす
主イエスと共に家庭を始めるということです。結婚生活に限らず
人の生涯には、喜びもあれば思わぬ困難もあります。
この主イエスが家庭や人生に伴っておられることを知っている
私たちは、どんな時にも励まされ、希望を失わないで歩めます。
そのような人生への招きが、この場面にあります。
召し使いは、主イエスのおっしゃることを聞き、従いました。
そうしたことで、水をぶどう酒に変える力をお持ちの方と出会う
ことになりました。彼らが「いくら水を用意しても婚宴には意味が
ない」と考えて、主イエスの言葉を無視していたならば、主を本当に
知ることはできなかったでしょう。主イエスに従う時に、まことの
出会いが起こります。同じように、主イエスに仕えることで、主を
一層深く知るという、信仰の成長も起こります(教会標語)。
主イエスは、汚れを取りのぞく清めの水が入っていた水がめの
中身を、ぶどう酒に変えました。主イエスは、最後の晩餐の時に
ぶどう酒を「罪が赦されるように、多くの人のために流される
わたしの血である」(マタイ26:28)とおっしゃいました。
すでに、主イエスは、ご自分の血(十字架)によって人の罪を
赦すことを決意しておられます。
主イエスが用意されたぶどう酒は、私たちに永遠に尽きない
大きな喜びを与え、神の国の祝宴を用意してくれます。